大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和63年(ワ)773号 判決 1989年9月28日

原告

佐藤ちとせ

ほか四名

被告

西塚孝男

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して

(1) 原告佐藤ちとせに対し金二四六万四一五六円

(2) 原告山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊に対し各金六一万六〇三九円

及びこれらに対する昭和六二年八月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(1) 日時 昭和六二年八月七日 午後六時一〇分頃

(2) 場所 宮城県加美郡色麻町大字下本町南一七番地の四先路上(以下「本件事故現場」という)

(3) 加害車被告西塚孝男(以下「被告西塚」という)運転の大型貨物自動車(車両番号宮一一ゆ一八八三、以下「本件加害車両」という)

(4) 被害車 訴外佐藤運之焏(大正五年九月二七日生当時七一歳、以下「被害者」という)運転の原動機付自転車(車両番号色麻町は二一八六、以下「本件被害車両」という)

(5) 態様 被告西塚は、本件加害車を運転し、前記色麻町内の県道三本木線を東から西に中新田方面に向け走行中、本件事故現場にさしかかつた際、同被告進行方向左方に所在する集会場前庭から、本件被害車両に乗車して道路に出ようとした被害者に衝突した。

2  責任原因

(1) 被告西塚について

被告西塚は、本件事故当時、本件加害車両を保有し自己のため運行の用に供していたものであり、しかも自動車を運転し、前記場所を進行するにあたり、付近道路は最高速度が毎時四〇キロメートルと指定されているのであるから、その最高速度を遵守することはもちろん、直線道路で見通しも良く、進行方向左方にある建物や前庭、出入口も見渡せるのであるから、人の動静に注意しつつ自車を進行せしむべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、毎時五〇キロメートルの速度で漫然進行した過失によつて本件事故をおこしたものである。

よつて、被告西塚は、第一次的に自動車損害賠償保障法三条により、第二次的に民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任を負う。

(2) 被告日本火災海上保険株式会社について

被告保険会社は、被告西塚との間において、自動車損害賠償保障法に基づく自動車損害賠償責任保険契約を締結していたものであり、同法一六条一項により、被告保険会社は被害者に対し直接損害賠償義務を負う。

3  損害

(1) 受傷の程度

被害者は、本件事故のため、出血性シヨツク、脳挫傷、右下肢挫滅創膝部開放性骨折、脱臼、頭部外傷、顔面挫創、右一、二、三、四、五肋骨骨折、肺損傷、右胸部皮下気腫、急性脳水腫の傷害をうけ、昭和六二年八月一一日午前五時五五分、脳挫傷による急性脳水腫により死亡した。

(2) 損害

<1> 治療費 九〇万五六四〇円(入院並びに治療費)

<2> 診断書代 五〇〇〇円

<3> 付添看護費 二万円

被害者は瀕死の重傷を負い、原告ら家族が昼夜病院で付き添つた。一日につき四〇〇〇円とし合計金二万円が相当である(入院期間五日間)。

<4> 入院諸雑費 五〇〇〇円(一日一〇〇〇円として)

<5> 休業損害 三万九一六〇円

被害者は原告佐藤進らと同居し農業に従事していた。昭和六二年度賃金センサス年令別平均給与額表による、六八歳以上男子の平均給与額月額二四万二八〇〇円を基準とし三一で除した日割り計算による五日分の給与は三万九一六〇円である。

<6> 逸失利益 一〇一七万一九六〇円

本件事故により死亡しなければなお五年間就労可能であるので、被害者の収入を月額二四万二八〇〇円、生活費をその二〇パーセントとして、新ホフマン方式によつて中間利息を控除すると被害者の逸失利益の現価は、一〇一七万一九六〇円となる。

<7> 入院慰謝料 八万三八七〇円

入院一月当たりの慰謝料は、通常四〇万円が相当とされるが、被害者は瀕死の重傷を負い、その精神的苦痛は多大なるものがあるので、右四〇万円を一・三倍したものを相当とし、三一で除した日割計算による五日分の入院慰謝料は八万三八七〇円である。

<8> 死亡慰謝料 一五〇〇万円

<9> 葬儀費用 九〇万円

(3) 相続

原告佐藤ちとせは被害者の妻、同山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊、同佐藤勇二はそれぞれ被害者の子であり、被害者の損害賠償請求権について、原告佐藤ちとせはその二分の一である金一三五六万五三一五円を、原告山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊、同佐藤勇二はそれぞれの八分の一である金三三九万一三二八円を各相続した。

(4) 損害の填補

昭和六三年二月八日、自動車損害賠償保険から原告佐藤ちとせは金八三八万八〇九六円、原告山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊、同佐藤勇二は各金二〇九万七〇二四円をそれぞれ受領しているので、残損害額は、原告佐藤ちとせが金五一七万七二一九門、原告山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊、同佐藤勇二が各金一二九万四三〇三円である。

4  よつて被告らに対し

(1) 原告佐藤ちとせは、前記3(4)記載の金員の内金二四六万四一五六円

(2) 原告山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊、同佐藤勇二は、それぞれ前記3(4)記載の金員の内金六一万六〇三九円

及びこれに対する履行期である本件事故発生日の昭和六二年八月七日から支払い済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告ら)

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2(1)の事実は否認し、責任は争う。

3 請求原因3の事実中、(4)の損害の填補は認め、その余は不知。

(被告保険会社)

請求原因2(2)の事実のうち、被告保険会社と被告西塚間で自賠責保険契約を締結した事実は認めるが、責任は争う。

三  抗弁

1  被告西塚は、加害車の運転上の注意を怠つておらず、本件事故は、専ら被害者の過失によつて発生した。

本件事故現場である集会場入口付近は、樹木等により見通しの悪い状況にあり、本件被害車両は集会場の出口より車両の頭を出し待機していたのではなく、路外である集会場の敷地内より走行した状態で本件加害車両の直前に突然飛び出してきたものである。

仮に本件加害車両が時速四〇キロメートルで走行していたとしても、被告西塚が危険を感じた地点から衝突箇所までの距離に照らすと、停止距離との関係で本件事故を回避するのは不可能である。

被告西塚は、他の交通関与者である被害者が交通法規に違反して本件加害車両の直前に飛び出してくることはないと信頼し、運転走行したものであり、同被告に過失はない。

被害者は、飲酒した状態で車両を運転することを避けるべきであり、かつ、路外にある集会場の敷地から道路に出るにあたり、一旦停止し、左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、飲酒によりその酩酊の程度が「正常な歩行困難、思考力減退」の程度に達し、酒酔いの状態のもとに本件被害車両を運転し、路外にある集会所の敷地内から、本件加害車両の直前に突然飛び出したものであり、被害者に過失が存在する。

2  過失相殺

被告西塚に責任が認められるとしても、被害者に前記のような重大な過失があつたものであり、九割相当の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実についてはいずれも争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因第一項の事実(事故の発生)は当事者間に争いはない。

二  責任原因

1  被告西塚の過失の存在について

被告西塚が、本件加害車両を運転して、本件道路である県道三本木線を東から西へ中新田方面に向け走行中、本件事故地点で同被告進行方向左方集会場前庭から、本件被害車両に乗車して道路に出ようとした被害者に衝突したことは、当事者間に争いがない。

被告西塚本人尋問の結果によると、被告西塚は、本件事故当時、本件加害車両を保有し自己のため運行の用に供していたことが認められる。

成立に争いのない甲第一号証、第一二号証の一ないし九、乙第一ないし第三号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第一四号証及び被告西塚本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、東西に通ずる幅員約八・四メートル、車道幅員約六メートル、道路南側路側帯幅員約一・六メートル、道路北側路側帯幅員約〇・八メートルのアスフアルトで舗装された片側一車線の県道三本木線上にあり、直線で見通し良好な場所である。本件事故現場の北側は水田であり、南側は南大村生活センターの前庭がある。右生活センターの前庭と道路とは高さ約一・二メートルの金網フエンスで仕切られているが、右道路に面して間口約六・三メートルの出入口がある。本件事故当時、右生活センター敷地内には、右フエンスぞいに四本の樹木があり、車道からの見通しは、出入口については良く、これを渡るものはないが、路外にある前庭の様子は右樹木等のため必ずしも良くなかつた。路面は平坦で事故当時は乾燥していた。本件事故現場は指定速度が時速四〇キロメートルとされ、車、人とも交通量は少なかつた。

(2)  被告西塚は、指定速度を超える時速五〇キロメートルで走行し、本件事故現場に差しかかつたところ、左前方約一五・六メートル先に、被害者が前記前庭の出入口手前約一・二メートル付近を右前庭から自己が進行する道路に向かつて進行してくるのを認めたが、そのまま進行したこと。被告西塚は、約七・五メートル進行した地点で、約八・五メートル前方に被害者が出入口において停止せず、自己の進路上に進出してくるのを認めて衝突の危険を感じ、直ちに右に転把し急停車の措置を講じたが間に合わず、約一〇メートル進行し、ほぼ進行車線の中央付近で自車の左前輪部を被害車両に衝突させ、被害者を車両もろとも約八・三メートル前方にはねとばし、さらに約一〇メートル進んだ対向車線上で停止したこと。被告西塚が、制限速度を遵守し、最初に被害者を発見した時点で、直ちに右に転把し急制動の措置をとつていれば、本件事故は回避しえたこと。

(3)  被害車は、事故当日、南大村生活センターで行われたゲートボール慰労会で飲酒をした後、自宅に帰ろうとして右センターの前庭から本件被害車両を運転し発進したが、路外から道路に進出する際、前記のように一時停止する等して道路の左右の安全を確認しないで道路に進出したため本件事故にあつたものであること。

事故当時、被害者は、血液中に一ミリリツトル中二・〇ミリグラムのアルコールを保有しており、正常な歩行困難、思考力減退の程度に酩酊していたこと。

(4)  本件事故現場周辺は農村地域であり、本件道路が水田地帯を通つており、車、人の交通量は少なかつたとはいえ、道路の両側に民家や各戸への出入口が散在している部落地帯であつて、このような場所では幼児などの飛び出しもありがちなことであるから、運転者としては、安全運転のたてまえから、ある程度の減速徐行をして進行すべきであり、また絶えず進路前方左右の安全を確認し、路外から進路上への飛び出しの危険が認められた場合には、直ちにこれを回避する措置をとるべき注意義務がある。

しかるに被告西塚は、指定速度を超える時速五〇キロメートルで漫然と加害車を運転していたうえ、約一五・六メートル前方に、センター前庭出入口手前約一・二メートル付近を出入口に向かつて進行している被害者を発見した際、被害者が路外から自己の進路上に進出してくる危険が認められたのに、これを看過し、何らの措置をとらないまま進行し、約八・五メートル前方に被害車が右出入口から自己の進路上に進出して来るのを認めて初めて危険を感じ急停車と右への転把の措置をとつたため、本件事故の発生を回避することができなかつたものであり、被告西塚には運転上の過失がある。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する被告西塚本人尋問の結果の一部は前掲証拠に照らし信用しがたい。

よつて被告西塚は自動車損害賠償保障法三条により本件事故によつて生じた損害賠償すべき責任がある。

2  被告保険会社の責任

被告保険会社と被告西塚間で自賠責保険契約を締結した事実は当事者間に争いはない。前記認定の如く被告西塚は、自動車損害賠償保障法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任があるから、被告保険会社は同法一六条一項により被害者に対して生じた損害について保険金額の限度において直接責任を負う。

三  被告らの過失相殺の主張に対する判断

前記認定事実に照らせば、本件事故の発生には被害者が自宅へ帰るのに、酒酔い運転をし、しかも道路への進出につき左右道路の安全を確認することなく漫然と加害車の直前に進出してきた被害者の過失も寄与していることが明らかであつて、これに照らすと、被告西塚の過失三割、被害者の過失割合割合七割と認めるのが相当である。

四  損害

(1)  受傷の程度

原本の存在とその成立に争いのない甲第三ないし第五号証を総合すれば、被害者は本件事故により、出血性シヨツク、脳挫傷、右下肢挫滅創膝部開放性骨折、脱臼、頭部外傷、顔面挫創、右一、二、三、四、五助骨骨折、肺損傷、右胸部皮下気腫、急性脳水腫の傷害をうけ、昭和六二年八月一一日午前五時五五分脳挫傷による急性脳水腫により死亡したことが認められる。

(2)  損害

<1>  治療費 金八九万九六四〇円

前記甲第四、第五号証、原告佐藤進本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると被害者は事故当日の昭和六二年八月七日から同月一一日まで五日間の入院治療を受け原告佐藤進が治療費として金八九万九六四〇円を支出したことが認められる。

<2>  診断書代 金五〇〇〇円

前記甲第三ないし第五号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告佐藤進は診断書代として少なくとも金五〇〇〇円の金額を支出したことが認められる。

<3>  付添看護費 金二万円

被害者は本件事故により五日間入院したことは前記認定のとおりであり、原告佐藤進の本人尋問の結果によれば、その間原告佐藤ちとせ、同佐藤進が交代で被害者に付き添つたことが認められ、これに照らすと、付添看護費として一日当たり四〇〇〇円、合計金二万円を要したことが認められる。

<4>  入院諸雑費 金五〇〇〇円

被害者が五日間入院したことは前記認定のとおりであり、その間入院諸雑費として一日当たり一〇〇〇円、合計金五〇〇〇円を要したことが認められる。

<5>  休業損害 金三万九〇〇〇円

原告佐藤進本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被害者は、原告佐藤進の営む農業、畜産の手伝いをするかたわら、上水道のメーター検針員をし、これにより年間金八万円の収入を得ていたほか、農業共同組合の共済の評価員、畜産組合の市場調査員などをしていたことが認められ、被害者に稼働する意思と能力があつたものと認められるので、当裁判所に顕著な昭和六一年「都道府県別年齢級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額および年間賞与その他特別給与額」表による企業規模計産業計男子労働者六五歳以上の平均給与額は月額金二三万四〇一六円であるから、これを基礎として被害者の休業損害を算出すると、被害者は五日間入院し、その間就業できなかつたのであるから、一日当たりの収入を金七八〇〇円として金三万九〇〇〇円の損害をこうむつたものと認められる。

<6>  逸失利益 金九八〇万四六三三円

前記認定のとおり、被害者は月額二三万四〇一六円の収入のあつたことが認められ、向後五年間は、同種の業務につくことが可能と考えられ、したがつて五年間にわたり少なくとも前記金額を下回ることのない収入を得ることができたものと推認することができる。

成立に争いのない甲第一三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被害者は原告佐藤進と同居し、月額七万八三二五円の国民年金を受給していたことがそれぞれ認められ、これらを考慮すると被害者の生活費を右収入の二割とみるのが相当である。

したがつて、被害者の死亡によつて喪失した五年間の利益の現価を新ホフマン式計算法(係数四・三六四三)によつて算出すると、金九八〇万四六三三円となる。

<7>  入院慰謝料 金五万円

被害者は、本件事故により瀕死の重傷を負い五日間の入院を要したのであるが、その入院期間中の精神的苦痛を慰謝するに金五万円をもつて相当とする。

<8>  死亡慰謝料 金一三〇〇万円

前記認定のとおり、被害者は、年齢七一歳の健康な男子で、原告佐藤進本人尋問の結果によれば、神社及び寺の総代等といつた地域での活動をしていたことが認められ、これらの事実と本件事故の態様その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌すると、被害者の生命侵害による慰謝料としては金一三〇〇万円が相当である。

<9>  葬儀費用 金九〇万円

原告佐藤進の本人尋問の結果によれば、被害者の葬儀費用として少なくとも金九〇万円を下らない費用を要し、支出されたことが認められる。

五  相続

成立に争いのない甲第六ないし第一〇号証によれば、原告佐藤ちとせは被害者の妻、原告山崎やすえ、同佐藤進、同佐藤豊、同佐藤勇二はそれぞれ被害者の子であり、原告らはいずれも被害者の相続人であることが認められ、右損害中被害者の有した損害賠償請求権を原告佐藤ちとせは二分の一、その他の原告は各八分の一を相続によつて取得したことが認められる。

六  過失相殺

前記損害額合計は金二四七二万三二七三円になるところ、前記認定の過失割合を斟酌すると、被告西塚が負担すべき損害額は金七四一万六九八一円となる。

七  損害の填補

原告らが自賠責保険から合計金一六七七万六一九二円の支払いを受けたことは原告らの自認するところであるから、原告らの請求にかかる損害は全て填補されていることが明らかである。

してみると原告らの被告らに対する請求はいずれも理由がない。

八  結論

よつて原告らの本訴請求はいずれも失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤紘基)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例